マムシ流 つれづれ草 第54回

【珠玉の芸や技は、それに触れた時、心が豊かになる】

 老若男女諸君! いよいよ弥生・三月だな。三寒四温はまだしばらく続くと思うが、徐々に春の息吹がそこここで感じられるようになってきた今日この頃だ。桜の季節も。もうそこまで来てるしな。それぞれがそれぞれの良い春を迎えられることを祈ってますよ!

 2月後半のハイライトといえば、日本落語協会創立百年だな。2月25日がその日だったんだが、それに合わせて『昭和落語名演 秘蔵音源 CDコレクション』というのが発刊になった。その第一弾が、稀代の名人、古今亭志ん朝さんなんだよ。言わずと知れた、親父さんは、ザ・落語家とも言える、名人・古今亭志ん生さんだし、お兄さんは金原亭馬生という落語家一家だ。オレは、刎頸の友・立川談志とは、柳家小ゑんの頃からの付き合いだったから、志ん朝さんが古今亭朝太の時代から知っているんだよ。まぁ、談志というガラス戶を通して志ん朝さんを見ていたようなところあるけどな。小ゑん時代の談志は、朝太を可愛がっていると同時にライバル視していたよ。あいつがライバル視していたんだから只者じゃねえよな。そしてお互いに認め合っている関係でもあった。志ん朝さんは、なんたって、入門してからわずか5年で真打だからな。しかも 36 人抜きだぜ。
 談志はもちろんすげえやつだったが、志ん朝さんというのは、江戶の空気を全身にまとったような所作と語り口。侍、若旦那、ご隠居、女、子ども、与太郎・・・、何をやらせてもしっくりと様になる。女性を演じる時なんざぁ、女性よりも色気を感じるような時があったからな。
 談志からは志ん朝さんとのいろんなエピソードを聞いているけど、志ん朝さんに「アニさん、協会へ戻ってくださいよ」と談志が言われたり、談志は「志ん生を継げよ」と志ん朝さんに言ったり、まぁどっちも実現しなかったけどな。あっちへ行って、こっちではやらなかった二人会でもやっているかな。見てみてえもんだな。でもどっちも含羞のある奴だから、照れちゃってやらねぇかもな、ハハハ。
 ってなことを、TBSラジオの『ちょいといい噺を聴きたくなってきた 今、ふたたびの古今亭志ん朝』という番組で、外山惠理ちゃん司会のもと、悠里ちゃんとオレがいろいろと語り合ったぜ。悠里ちゃんも落語は子どもの頃からずっと好きで、落語の番組も⻑い間担当していただろ。しかも、志ん朝さんは高校の3期先輩だっていうんだからな。
 この番組収録の次の日は、文化放送へ出かけて、文化放送の『古今亭志ん朝を語る夜』という番組を担当した、林家正蔵、林家たい平ご両人、そして演芸評論家の⻑井好弘さん、『東京かわら版』編集⻑の佐藤友美さんとともに記者会見に参加した。
 ここでもいろんなことを話したな。志ん朝さんとの因縁浅からぬ正蔵、たい平のエピソードは、オレもとても興味深かった。志ん朝さんと正蔵さんは二人とも親父が天才だったという共通点もあるし、たい平ちゃんは志ん朝さんにとても可愛がってもらっていたんだ。そんな話をいろいろしていると、今、この場によみがえってくるような気がしたな。

 志ん朝さんの話を聴いたあとの心地よさ、快感というのは、いい音楽、たとえばシンフォニーを聴いたあとのような感じだよ。それで思い出したのは、先日亡くなられた小澤征爾さんのことだよ。東北放送のオレのレギュラー番組『サタディ・イン・ザ・パーク』でも、宮城県にゆかりのある石巻出身で小澤征爾さんを輩出した桐朋学園の元理事⻑・生江義男さんの話を引き合いに出しながら話したりしたんだけどね。
 いい音楽といい落語というのは共通点があって、リズムとトーン、そしてその調和性が心にずしりとくるんだよな。まぁ、素晴らしい芸や技というのは、それに触れた時に心が豊かになるし、爽快感があるという共通点があるよね。だからまた何度も聴く。うちのカミさんもコロナ禍以降、オレが昔の名曲や名画、名落語なんかを見ていたから、志ん朝さんにもすっかりハマって、最近は大谷翔平と並んで、志ん朝さん LOVE なんだよ。志ん朝さんを聴かないと眠れないってよ、ハハハ。
 なんてことを書いてたら、なんと、「大谷翔平が結婚!」というビッグニュースが飛び込んできたよな。カミさんは食事も喉が遠らねぇんだよ。祝福したいのはもちろんだけど、その一方でやっぱり悲しいってよ。このニュースで、“大谷ロス"になっている女性は世の中にいっぱいいると思うけど、90歳近いうちのカミさんまでそういう気にさせるんだから、やっぱり大谷はスゲエよ、ハハハ。
 いい家庭を作って、ますます活躍してほしいね! 応援してますよ!!

 2月の『ミュージックプレゼント』は、台東区浅草橋の老舗『洋食 一新亭』にお邪魔した。ここのオヤジ・秋山武雄さんは、ことあるごとに、オレのことを贔屓にしてくれていたんだけど、お店にお邪魔したことはなかったんだ。実は近所に中継で来た時に、この店で、下駄に履き替えさせてもらったらしいんだけどね、ハハハ。
 武雄さんは本職のコックとともに、アマチュアカメラマンとして、15歳頃から、シャッターを切り続けて、懐かしい昭和の東京の風景を活写し続けてきたんだ。それは読売新聞の『秋山武雄の懐かし写真館』という連載にもなっているし、『東京懐かし写真帖』という本にもなっている。実に味のあるいい写真ばかりだ。オレにとっては本当に懐かしい風景ばかりだしな。武雄さんの写真も珠玉の技がなせる作品だよ。
 それで、ふと壁際を見ると、なんと志ん朝さんの写真があるじゃねぇか。志ん朝さんもこの店がお気に入りだったらしく、店の前で乙にすました姿を武雄さんが活写したんだとよ。縁というのは繋がるもんだな。
 悠里ちゃんとも以前に話した、都電の話にもなったよ。21番から16番に乗り換えて後楽園球場に行った話や、とにかく話題は尽きないよ。都電はやっぱり番号だよな。
 武雄さんは今86歳だ。ここで3月10日の東京大空襲にもあった。道を隔てた向こう側は焼け野原になったそうだ。そんな体験談もオレと共有できるし、こういう元気なジジイがいるのは心から嬉しいよ。
 今も創業118年の店を、奥さんの洋子さんとともに守り続けてる。この日は娘二人と孫二人も来てくれていて、なんだかとっても温かい気持ちになったな。

 さて、3月1日からの『マムちゃんねる』は、90歳を迎え、未だ現役で元気にご活躍。 俳優であり、シルベスタ・スタローンはもちろん、マルチェロ・マストロヤンニ、ジャン =ポール・ベルモンド、ダニー・ケイ、ロバート・デ・ニーロ・・・、数え上げたらキリ ない 280 人超の声を担当した、声の職人・羽佐間道夫さんの登場だ。赤穂浪士四十七士・ 間十次郎の末裔であるなど出自のお話から、昔懐かしい芝居や映画の俳優陣との話など、 実に軽妙洒脱に語っていただいたぞ。楽しんでくれ!
 そして3月13日は、いよいよ『マムちゃん寄席』だぞ。楽しみにしていてくれよ。その 模様はここでも話せると思う。じゃあ、またな!


 

 

(構成・伊波達也)

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